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zoom RSS 「ゆとり教育」を見直しても、中学受験栄える。

<<   作成日時 : 2007/02/01 17:57   >>

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 ゆとり教育が始まって、中学受験がもてはやされるようになった。ゆとり教育によって、「十五の春」から「十二の春」へと、受験が早まる結果になっている。皮肉なものである。経済的な余裕があり、教育に対しての理解のある「親」の子は、中学から私立に進む流れとなってしまった。親の意識の高さが、子どもの教育水準に反映される。

 経済的余裕と親の教育に対する理解のない子どもたちは、いままで通り公立のままだ。そして、私立の充実していない地方は、公立の高等学校が「履修漏れ」覚悟で、親のニーズを汲んで独自のカリキュラムを組んでいた。

 今や、親の収入格差と地方格差が、受けられる教育レベル差を広げている。国会は空転しているが、「ゆとり教育」の見直し&授業時数の上乗せを行うという。

 いまや教育サービスの質を選べる親は、どんどん、公立離れを起こしている。もはや、この流れは止められまい。地方の公立は、「履修漏れ」カリキュラムで、格差を埋めようと無い知恵を絞っていた。指導要領に従っていないと、必修科目の縛りを強くすれば、地方の教育は立ちゆかなくなる。地方の「親」のニーズに答えることが出来なくなる。地方の保護者、学校関係者にとって、「履修漏れ」こそ「ホンネ」であり、学習指導要領は「タテマエ」である。親は、文科省の教育政策を望んでいない。
 「ゆとり教育」の見直しを単に、時間数、教科書の薄さの問題にしてはいけない。国民のニーズに離れた教育がなされていることが、問題であって、国民がどういう教育を望んでいるのか。やはり、国民の教育の視点抜きの議論では、またおかしな「学習指導要領」が行われるだけである。

 結局、「ゆとり教育」は文科省の教育政策の失敗であるが、その政策を進めてきたのは、与党自民党である。不況対策のために、ハッピーマンデー法を行い、完全学校5日制を施行し、授業時間が減ったから学習内容を3割削減して、教科書が薄くなったから「生きる力」を身につける「ゆとり教育」だと国民を欺いていた。
 経済界からの要請のままに、国民に教育を犠牲にしてきたのは、与党自民党であった。「ゆとり教育」が間違いだった。「教育再生」しなければならない。と言っても、すべて与党自民党がやってきたことなのである。いまさら、「教育再生」だの、「ゆとり教育」の見直し、授業時間の増加と言っても、さんざん教育を混乱させてきたのは、いままでの自民党内閣である。文科省の責任は重いが、経済界の要請のままに「教育」を犠牲にした与党自民党の罪も重い。
 「教育再生」だなんだと言っても、自分たちの過ちに対する理解も反省もないのでは、「教育再生」は上手く行くわけがない。ますます、「教育」がおかしくなって行くのは目に見えている。

 「ゆとり教育」によって、「十五の春」は「十二の春」に早まった。子どもの教育に対応できる親は私立中学受験させる時代となった。小手先の改革では、教育の再生は不可能である。そして「十二の春」は一時的な現象ではない。授業時間数を増やせば、問題は解決すると言うような単純なものではない。教育政策を考えるためには、必ずメリット&デメリットの議論が必要になってくる。メリット&デメリットの議論のない政策は「空想」である。「空想」では、教育は決して良くならない。「ゆとり教育」は「空想」であった。だから、「ゆとり教育」は失敗した。同じ過ちを繰り返してはいけない。

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