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zoom RSS 教育再生は「こころ」が先か、「安定した生活」が先か。

<<   作成日時 : 2007/02/01 18:26   >>

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 「恒産なくて恒心なし」あるいは「衣食足りて礼節を知る」。

 社会のモラルが廃れたから「道徳心」を教えなければならない。「愛国心」を教えないからダメなんだ。「ボランティア」を義務化して「道徳心」を身につけさせろという。

 「こころ」は教えられるものなのか。「こころ」を教えることは可能なのか。

 私は、「こころ」は教えられるのもではなく、身につけるものだと思う。しかも、生活が荒んでいたり、乱れた生活をしていては、健全な心の成長は無理だと思う。
 「道徳心」「愛国心」「ボランティア精神」「命を大切にする心」。いずれも、教えられて身につくものではなく、生活の中か学ぶものである。教えられて身につく「愛国心」は本当の「愛国心」ではない。と思う。

 今、国民の竈から飯を炊く煙が立たなくなってきている。ワーキング・プア、新しい貧困。労働者の半数が非正規雇用というのは異常である。労働者は、安い賃金で、賃金以上に働かされている。この異常な状態が続けば、日本の経済にとってマイナスなだけではなく、日本人のモラル低下が更に進む。これは、由由しき問題である。

 景気は回復基調にあり、「いざなぎ景気」越えしたという。政府が「景気回復」を主張するならば、景気の回復分を、労働者に分配すべきである。景気が回復していないのなら、国民は痛みに耐える。国民は、いままで痛みに耐えてきた。しかし、政府が言うように、景気が「いざなぎ」越えしているのならば、「景気回復」の恩恵を、痛みに耐えた国民に分配されなければならないだろう。

 景気の回復は、有効需要を大きくすればよい。有効需要が大きくなれば、政府の財政も好転する。有効需要を大きくする最大に要因は、国民の所得を増やせばよいのある。カネの流れは、血の流れである。循環することによって、有効需要は拡大する。

 安定した生活を送ることが出来れば、他人に対する優しさも持てよう。憲法改正して「道徳心」を説くか、ふつうの生活が出来るようにして、国民に「モラル」を問うか。国民の視点に立てば、答えは明らかである。政治は誰のためにあるのか。誰のための政治なのか。安倍首相の政治感覚は、国民の視点が欠けている。

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