学問の停滞、消える学問「国文学」

 昨日は、夜スク。日本思想史の第5回。引用文献に、鴨長明『発心集』とある。

 『方丈記』の「跋文」に、作者「蓮胤(俗名:鴨長明)」自ら、「時に建暦の二年とせ、三月(やよい)の晦日(つごもり)ごろ、桑門(とうもん)の蓮胤(れんいん)、外山の庵にしてこれをしるす。」とある。

 なぜ、こうはっきりと作者は「桑門の蓮胤」であると記しているのに、世間一般はもちろん、国文学、そして、国語教師は、作者鴨長明として疑問に思わないのか?

 作者鴨長明としてなんの疑問を持たない人は、『方丈記』を読んでいないことを自ら示していることになる。作者鴨長明と書いて何の疑問も持たない、出版社や著編者、特に、学校教育で使われる教科書の編集者は不勉強、怠慢と言わざるを得まい。まして、文科省の教科書検定担当者は、おかしいと指摘しないのか?

 『発心集』である。この『発心集』も、俗名鴨長明の「蓮胤」の作である。しかし、この『発心集』も、また前出の『方丈記』も、更には歌論書『無名抄』も、蓮胤出家後に書かれたものである。あえて「桑門の蓮胤」と記されている『方丈記』を見るまでもなく、わざわざ俗名に直して「鴨長明」と呼ぶにはそれなりの「意図」が必要であろう。もし、「蓮胤」も納得できる意図、あるいは理由があるのなら「作者鴨長明」も仕方あるまい。しかし、そういう類のものがなく、通例であるというだけならば、作者への冒涜ではないかと思う。何故、蓮胤ばかりが冒涜され続けるのか。

 『方丈記』『無名抄』『発心集』は、蓮胤出家後、晩年に立て続けに執筆されたものである。歌論『無名抄』を執筆したところに、仏教者としての悟りの低さや、あるいは、『無名抄』は歌論であるために、閑居の趣味とみる者もいる。しかし、出家後、晩年に、しかも同時期に『方丈記』『発心集』の執筆がなされたところに、作者の思想的な意図があったはずである。

 『方丈記』の中に「桑門の蓮胤」とわざわざ記されているのに、それを無視して、わざわざ俗名の鴨長明と呼び直し続けるのか。近年は、歴史の見直しが活発になされ、日本史の教科書も昔の教科書とは違う記述がなされている。

 それに比べて、国文学、国語の学問的停滞は「学問の化石」のようである。学問的進歩のない学問に学ぶ価値はあるまい。学問的進歩のない学問は「消える運命」にある。いまや「国文学」は時代に取り残され、消える学問となっている。

 『伊勢物語』 筒井筒 https://kiyosige.at.webry.info/201003/article_18.html?1568136375

 日本思想史の講義終了後に、配布プリントの「鴨長明『発心集』」について質問する。先週から考えていた質問「『方丈記』は随筆」ととらえるか否か、尋ねた。日本思想史の一般的認識は、『方丈記』は随筆の扱いのようだ。もちろん、日本思想史において『方丈記』に思想的価値はないようだ。『方丈記』は、国文学においても他の学問領域においても、未だに正しい評価がされていないようだ。

■蓮胤の「方丈記」論_関係記事一覧 https://kiyosige.at.webry.info/201909/article_8.html

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  • 『方丈記』の作者は?

    Excerpt:  『方丈記』の作者は? 「鴨長明」と答えるのが、常識だろうが、実はその常識は間違っている。 Weblog: 最近考えていること racked: 2014-01-01 13:06
  • 『方丈記』は「随筆」ではない。

    Excerpt:  東京書籍の高等学校「古典」の教科書の話。 Weblog: 最近考えていること racked: 2017-01-07 15:17