昭和の時代の受験の知識「三大随筆」の誤りを正す。


 ①『方丈記』の作者は、「鴨長明」ではない。
 ②『方丈記』は、「随筆」ではない。 https://chikara.hateblo.jp/entry/2019/01/19/171647
 ③『方丈記』が「随筆文学」でない以上、当然、『方丈記』の作者は「随筆家」ではない。

  『方丈記』の作者が「随筆家」であるとしたら、『方丈記』の作者は「エッセイスト」だと勘違いされてしまう。特に、外国語で「エッセイスト」だと理解されてしまうと、日本文学の誤った理解が拡散されてしまう。

 ④「二大随筆」は説明できても、「三大随筆」という括り方はできない。


 ①『方丈記』の作者は、「鴨長明」ではない。②『方丈記』は、「随筆」ではない。以上の2点について、既に公開してきた。しかし、未だに、④「三大随筆」なる「(昭和の時代の)受験の知識」が再生産され続けている。

 因みに、「二大随筆」と検索をかけると、わずかだが「二大随筆」で書かれた書籍(もちろん、新しい書籍である。https://www.amazon.co.jp/%E5%BE%92%E7%84%B6%E8%8D%89%E3%83%BB%E6%96%B9%E4%B8%88%E8%A8%98%E2%80%95%E5%90%89%E7%94%B0%E5%85%BC%E5%A5%BD%E3%81%A8%E9%B4%A8%E9%95%B7%E6%98%8E%E3%81%AE%E4%BA%8C%E5%A4%A7%E9%9A%8F%E7%AD%86-%E3%83%93%E3%82%B8%E3%83%A5%E3%82%A2%E3%83%AB%E7%89%88-%E6%97%A5%E6%9C%AC%E3%81%AE%E5%8F%A4%E5%85%B8%E3%81%AB%E8%A6%AA%E3%81%97%E3%82%809-%E5%B3%B6%E5%B0%BE-%E6%95%8F%E9%9B%84/dp/4418062068 )がヒットする。しかし、今まで出版され続けてきた、無数の「三大随筆」の本に埋もれ、新しい書籍が世に知られていない。

 また、高校までは「三大随筆」と覚えてきた学生さんも、大学の「中世文学」の先生http://www.baiko.ac.jp/university/archives/ars/101-%E3%80%80%E5%B8%B8%E8%AD%98%E3%81%AE%E3%82%A6%E3%82%BD から、①作者は「蓮胤」であること。②随筆文学ではなく、僧侶(聖、私度僧)が書いた「法語文学(仏教文学)」であること。そして、③「三大随筆」は間違った「(昭和の時代の)受験の知識」であること。学問的な意味(=価値)があるかどうか、わからないが、少なくとも「三大随筆」ではなく、「二大随筆」であることを気づかされる。丸山真男は、学問を「ささら型」と「タコツボ型」に分けるが、国文学(日本文学)は、「タコツボ型」と見えて、「中世文学」専攻以外の学者は、「二大随筆」をご存じない学者がまだ多いようである。それでも、「三大随筆」は「受験の知識」ではあるが、最近はズバリ「三大随筆」を問う文学史問題は殆ど見かけなくなった。未だに目にするのは、時代遅れの、古い受験参考書(未だに、昭和時代の古い、受験参考書を使って勉強している受験生もいる。)か、「三大随筆」を再生産し続ける「古い頭の筆者(時代は「令和」なのに、頭は昭和の時代の「受験の知識」のまま。)」の書いた本(コンテンツ)である。

 未だにネット検索でヒットするのは「三大随筆」である。相も変わらず「(昭和の時代の)受験の知識」である「三大随筆」を再生産し続けるコンテンツは、昭和の時代ではあるまいし、「三大随筆」と言わなくなったことを知らない。もちろん、「受験の知識」である「三大随筆」が「時代遅れ(古い知識)」だということに気づいていない。最近は、「イイクニつくろう鎌倉幕府」ではなく、「イイハコ」だそうだし、仁徳天皇陵も、「大仙古墳」と言うそうだ。時代遅れの、古い「(昭和の時代の)受験の知識」では、「源頼朝像」ではなく、「伝源頼朝像」について行けない。「三大随筆」は、古い「(昭和の時代の)受験の知識」となってしまっているのに、未だに「三大随筆」が再生産し続けられている。

 「三大随筆」は再生産を繰り返し、時代遅れの、古い「受験の知識」になってしまっている。未だに、それに気づかないコンテンツが広まっている。今や、「三大随筆」は、クイズ番組のクイズにもならない。間抜けなリサーチャーでなければ、「三大随筆」は、クイズ番組の問題にも採用されない。だって、「クイズの問題の答え」が間違っていたら、「正解」にできないもの。実は、「三大随筆」は、「受験の知識」どころか、「クイズの問題」にも使われなくなってしまっている。ネットでヒットする、最近の、学校の先生も、宿題や発問は「二大随筆https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1158993381 」を採用しているのを散見する。「三大随筆」の再生産者たちは、「時代遅れの、(昭和の時代の)古い知識」ということに気づいていない。

 前置きが長くなったが、以下、「令和」の時代の「枕草子、方丈記、徒然草」、「三大随筆」について考察を加えたい。

 まずは、1)「文学」という概念は、明治維新以降、日本に外国文学が紹介される中で、使われ始めた概念である。勿論、「エッセイ(随筆)」なるジャンルは、そもそも古典文学の伝統の中に存在しない。明治維新以降の「日記」と、古典文学の中で使われる「日記(文学)」は別物である。同様、明治維新以降の「文学」のジャンルの「エッセイ(随筆)」と、古典文学の中で使われる「随筆〈文学〉」の概念も別物、違うもの http://www.hokutoshobo.jp/news/jihisyuppan/1518/ である。鴨長明に「随筆家」なる肩書きを与えるのは、「エッセイ」と古典文学の一ジャンルとしての「随筆文学」を同一視、混同を招くものである。勿論、初学者に「随筆家」なる肩書きで説明すれば、鴨長明は「エッセイスト」と理解するし、方丈記は「エッセイ」だと勘違いさせる。古典文学の説明に、安易に「随筆家」の肩書きを与えてはいけないのである。

 次に、2)『方丈記』の作者「鴨長明」について考えたい。

 『方丈記』の作者は? 「鴨長明」と答えるのが常識だろうが、実はその常識は間違っている。

 『方丈記』の作者は誰か? 答えは「蓮胤」である。国語のテストの解答として、正解の「○」をくれる国語の先生はいるだろうか?

 『方丈記』は、国語の先生ならば誰でも知っているし、読んだことがあろうが、誰でも『方丈記』の冒頭は知っていても、実は最後まで読んでいる、知っている国語の先生は少ないものである。試しに、このブログを読んだ受験生は、是非、国語の先生に「方丈記の作者は誰か?」と、尋ねてみると良いだろう。『方丈記』を読んだことのない国語の先生は、ことごとく「作者鴨長明」と答えるはずである。もちろん、『方丈記』を最後まで読んでいないので、「跋文」の「時に建暦の二年とせ、三月やよひの晦日つごもりごろ、桑門蓮胤、外山の庵にしてこれをしるす。」とあることを知らないのである。

 繰り返すが、『方丈記』の跋文に、「時に建暦の二年とせ、三月やよひの晦日つごもりごろ、桑門蓮胤、外山の庵にしてこれをしるす。」とある。「桑門」とは《(梵)śramaṇaの訳》出家して修行する人。僧侶。沙門(しゃもん)という意味である。「桑門蓮胤」と自称し、しかも、「外山の庵にしてこれをしるす。」と、はっきりと『方丈記』に記されている。ところが、国語の教科書には、『方丈記』の作者は、「鴨長明」と書かれている。有名な、最澄も、空海も、鎌倉新仏教の法然、親鸞、栄西、道元、日蓮にしても、出家名での表記が一般的で、わざわざ、出家前の名前で呼ばれたりしない。なぜ何故に、出家した人間を、敢えて出家前の名前で表記し続けるのか。これは、出家者に対する冒涜ではないかと思う。はっきりと、「桑門(出家者)蓮胤」「これをしるす。」とあるのに、何故に、作者を「(俗人)鴨長明」と、暗記させるのか。お坊さんに「俗名」で、呼びかける失礼を想像してみれば良い。これは、非常識といもの。蓮胤の作品とされている『方丈記』『無名抄』『発心集』は、いずれも出家後に成立している。常識的に見ても、作者名は「蓮胤」であろう。何故に、蓮胤のみが出家者でありながら辱めを受け続けるのか、受け続けなければならないのか。

 更に、3)古典文学における「随筆文学」とは如何なるものか、「随筆文学」の概念及び定義を中心に考えたい。

 国語の教師はおしなべて、『方丈記』は「随筆(文学)」だと言い、「三大随筆」を覚えろと言う。国語の教科書に、『方丈記』は「随筆」である、「三大随筆」とある。しかし、『方丈記』は「随筆」なのだろうか?! 国語の教師がそう教えるから、国語の教科書にそう書いてあるから。しかし、それは本当だろうか?! 自分の頭で考えてみよう。

 私の言っていることが、嘘か真か。まず国語の教師に、「随筆」とは何か、聞いてみよう。

 なぜ『方丈記』は「随筆」なのか? 国語の教師に聞いてみよう。きちんと『方丈記』が「随筆」だと答えられる「教師」はいるまい。きまって「教科書に書いてあるから」と逃げるはずだ。教科書に書いてあるから、だからそれが正しい?? 本当だろうか? それで納得できるだろうか?

 さて、『方丈記』は「随筆」なのか? 「随筆」でないのか? 世の中、教科書に書いてあることが正しいとは限らない。それは自分の頭で考えてみよう。ところが、世の中、『方丈記』が「随筆」であるかどうかさえ、わかっていない教師が多いものだ。

 まず最初に、ⅰ)国語の教師は決まって「つれづれなるままに、日暮らし、硯にむかひて、心にうつりゆくよしなしごとを、そこはかとなく書き」つけたものだと説明してくれるだろう。

 ところが、『方丈記』の、有名な冒頭部分を読んだだけでも、「違和感」に気づくはずだ。『方丈記』が「つれづれなるままに、日暮らし、硯にむかひて、心にうつりゆくよしなしごとを、そこはかとなく書き」つけたものでないことは、すぐに分かる。気づくはずだ。

 また、ⅱ)『枕草子』は、「枕」の意味に諸説があり、一つの作品としての統一について未だ解明されていない。それが「随筆」の特徴であると言える。

 ところが、『方丈記』。冒頭の部分を読んだだけでも、ⅰ)『徒然草』の冒頭のような「つれづれなるままに、日暮らし、硯にむかひて、心にうつりゆくよしなしごとを、そこはかとなく書き」つけたものではないことに気づく。そして更に、ⅱ)『方丈記』は、統一について未だ解明されていない「枕草子」とは違い、論理的構成がはっきりとしており、最後まで一貫した「起承転結」を見てとれる。何処をみても、類従的章段、日記(回想)的章段、随想的章段などという章段構成を、『方丈記』から見ることが出来ない。どこをどう見たら、『方丈記』は「随筆」と言えるのだろうか? 国語の教師の言う「三大随筆」、なんか、おかしくないか?

 ⅲ)目の前に、岩波文庫の『枕草子』『方丈記』『徒然草』の三冊を並べて置いて見れば、この中で一冊だけ「異質」なのがすぐ分かる。小学生だって一冊だけ「違うこと」に気づくのに、世の、国語の教師は『方丈記』は「随筆」だと言い、「三大随筆」を覚えろと言う。

 本当に『方丈記』は「随筆」なのだろうか?? 自分の頭で考えてみよう。「真実は常に一つだ」、byコナン。

 ⅳ)作者「蓮胤」自ら「桑門」と書いてあるように、『方丈記』は「随筆文学」の範疇でなく、僧侶(出家者)が書いた「法語文学」に含まれるべきであろう。「法語文学」とは、法然の『選択本願念仏集』、道元の『正法眼蔵』や親鸞の『歎異抄』のような、僧侶が書いた「文学」のことを言う。多くの人が、「名文」故に『方丈記』を、国語の時間に暗唱させられた経験を持っていると思うが、『方丈記』が流れるような「名文」であるが故に、「法語文学」であると理解されなかったようだ。

 しかし、『方丈記』。冒頭の部分を読んだだけでも、ⅰ)『徒然草』の冒頭のような「つれづれなるままに、日暮らし、硯にむかひて、心にうつりゆくよしなしごとを、そこはかとなく書き」つけたものではないことに気づく。そして更に、ⅱ)『方丈記』は、統一について未だ解明されていない「枕草子」とは違い、論理的構成がはっきりとしており、最後まで一貫した「起承転結」を見てとれる。もちろん、類従的章段、日記(回想)的章段、随想的章段などという章段構成を、『方丈記』から見ることが出来ない。何処をどう見たら、『方丈記』は「随筆」と言えるのだろうか? 『方丈記』は「随筆」なのか? 「随筆」でないのか?

 しつこく繰り返すが、世の中、『方丈記』が「随筆」であるかどうかさえ、わかっていない教師が多いものだ。なぜ、『方丈記』は「随筆」なのか? きちんと『方丈記』が「随筆」だと答えられる「教師」はいるまい。きまって最後は「教科書に書いてあるから」と逃げるはずだ。教科書に書いてあるから、だからそれが正しい?? 本当だろうか? それで納得できるだろうか?

 「真実は常に一つだ」、byコナン。本当に『方丈記』は「随筆(文学)」なのだろうか?? 自分の頭で考えてみよう。『方丈記』が「随筆(文学)」でないとなると、国語の教師の言う、「三大随筆」は、おかしくないか?

 Ⅴ)『枕草子』は「草子」である。『徒然草 』は「草(草子)」である。それに対して、『方丈記』は「記」である。書名、名称は、作者名同様疎かにしてはいけないものである。『方丈記』の「記」とは、随筆的な作品を指すのではなく、論理的な作品を指すのである。「記」は「草子」や「草」とは全く違う、異質なのである。この「草子(草)」と「記」の書名の違いについて、きちんと理解している国語教師は少ない。『方丈記』は「随筆」ではないと、疑問に気づいた生徒は、近くの国語教師に尋ねて見るとよい。「草(子)」と「記」の違いを理解していて、明確にその違いを説明してくれる国語教師は少ないものである。勿論、この違いが分かっていない教師は、決まって『方丈記』を「随筆」といい、「三大随筆」と覚えろと、「草(子)」と「記」の違いを無視して「受験の知識」を注入してくれるはずだ。

 何度も繰り返すが、『方丈記』が「随筆」でないとなると、国語の教師の言う、「三大随筆」は、おかしくないか?

 ⅱ)『方丈記』は、「随筆」である『枕草子』や『徒然草』と違って、章立てになっておらず、起承転結のはっきりとした論理的構成を持った作品である。論理的構成を持つ以上、作者の主義主張が一貫した論理的な作品である。ⅳ)『方丈記』は、「桑門(=沙門)」である出家者「蓮胤」によって、彼の宗教的主義主張、立場、あるいは、蓮胤が到達した「悟りの境地」を明確に述べた作品である。すなわち、『方丈記』は出家者「蓮胤」が自分の「悟りの境地」を述べたもの。つまり、「法語文学(仏教文学)」であって、随筆文学では決してない。『方丈記』を「随筆文学」ととらえるのは、全く以て間違いである。

 以上、整理すると、

 ①『方丈記』の作者は、「桑門蓮胤」である。
 ②『方丈記』は、「法語文学(仏教文学)」である。
 ③『方丈記』の作者「蓮胤」は、「随筆家」ではない。もちろん「エッセイスト」はあり得ない。

 「蓮胤」は、「聖(私度僧)」である。だから、『方丈記』と『徒然草』の2つを並べて「隠者文学(「聖」の文学)」という呼び方ができる。つまり、共通点(文学上の「接点」)があるので、『方丈記』と『徒然草』の2つ並べて、文学性の違いを比較することは可能である。しかし、「枕草子」と「方丈記」の対比は、時代は平安と鎌倉、女房文学と隠者文学、そして、随筆(「随筆(文学)」である「草子」である。)と法語文学(随筆とは括れない、論理的な「記」である。)と、その違いがはっきりしているが故に、逆に、比較すべき「共通点(文学上の「接点」)」が一つも見いだせない。共通点が一つもなく、違いしか見いだせない。ここに「枕草子」と「方丈記」を一括りにすることの、無理(比較のための根拠に欠ける)がある。
 従って、④『枕草子』と『徒然草』の2つを並べて「二大随筆(「二大随筆」の括り方にどれだけ文学的な価値があるか、疑問だが。)」は説明ができても、「三大随筆」という括り方はできない。

■蓮胤の「方丈記」論_関係記事一覧 https://kiyosige.at.webry.info/201909/article_8.html



           《 『方丈記』関連記事 》

1)国語の教科書の間違い          http://kiyosige.at.webry.info/201808/article_9.html
2)学問の停滞、消える学問「国文学」   http://kiyosige.at.webry.info/201306/article_3.html
3)『方丈記』の作者は? https://kiyosige.at.webry.info/201102/article_15.html?reload=2019-09-03T13:53:18
4)方丈記について、最近考えていること。  http://kiyosige.at.webry.info/201701/article_1.html
5)『方丈記』はつまらぬ駄文なのか (大槻義彦元早稲田大学教授のブログから)
                           http://kiyosige.at.webry.info/201307/article_3.html 
6)『方丈記』は「随筆」なのか?       http://kiyosige.at.webry.info/201701/article_5.html
7)『方丈記』は「随筆」ではない。      http://kiyosige.at.webry.info/200901/article_2.html 
8)「三大随筆」                 http://kiyosige.at.webry.info/201002/article_1.html 
9)方丈記の「無常観」について       http://kiyosige.at.webry.info/201605/article_6.html
10)随筆『徒然草』の作者は?         http://kiyosige.at.webry.info/201802/article_5.html


 以上、【前半部】。以下、【後半部】「工事中」。

 また、4)新たな目で、「枕草子」「方丈記」「徒然草」を比較検討、眺めてみよう。

 比較検討の観点、視点は、①成立時代、②作者の身分、③ジャンル等、いくつかある。①摂関政治の時代(平安時代)、源平時代(平安末期から鎌倉)、鎌倉幕府が滅んだ後(鎌倉時代晩期)。②女房文学、隠者文学、隠者文学。③随筆文学、法語文学(仏教文学)、随筆文学。



           《 『方丈記』関連記事 》

1)国語の教科書の間違い          http://kiyosige.at.webry.info/201808/article_9.html
2)学問の停滞、消える学問「国文学」   http://kiyosige.at.webry.info/201306/article_3.html
3)『方丈記』の作者は? https://kiyosige.at.webry.info/201102/article_15.html?reload=2019-09-03T13:53:18
4)方丈記について、最近考えていること。  http://kiyosige.at.webry.info/201701/article_1.html
5)『方丈記』はつまらぬ駄文なのか (大槻義彦元早稲田大学教授のブログから)
                           http://kiyosige.at.webry.info/201307/article_3.html 
6)『方丈記』は「随筆」なのか?       http://kiyosige.at.webry.info/201701/article_5.html
7)『方丈記』は「随筆」ではない。      http://kiyosige.at.webry.info/200901/article_2.html 
8)「三大随筆」                 http://kiyosige.at.webry.info/201002/article_1.html 
9)方丈記の「無常観」について       http://kiyosige.at.webry.info/201605/article_6.html
10)随筆『徒然草』の作者は?         http://kiyosige.at.webry.info/201802/article_5.html

■蓮胤の「方丈記」論_関係記事一覧 https://kiyosige.at.webry.info/201909/article_8.html

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