「国難」は新型コロナではなく、「ガースー首相」。

今日は、令和3年1月30日土曜日。土曜日朝の情報番組で、菅首相の国会答弁が流されてた。流されていた答弁で、「雇用を守ることが大事だ」なる答弁があった。

「雇用を守ることが大事」だから、それに固執して、12月14日までGoToに拘ったのか、合点がいった。菅首相は、政治の師梶山静六から「国民を食わせること」を教えられていた。だから、政治の師梶山静六の言葉を、守り、政治判断したわけか。

しかし、新型コロナは、誰も経験したことのないこと。100年に1度の「非常時」、「有事」である。「国民を食わせること」は、平時に対応する言葉。「有事」に通用するわけがない。その「有事」であることが、菅首相には理解が出来なかった。(つまり、菅首相は、政治家として失格。何せ、「有事」と「平時」が区別がつかない、分からないバカだった。)

「仮定の話が出来ない政治家」。そもそも、政治家としての資質に欠ける人物だった。

それでも、周りに、「総理、それは間違っています。」と忠言してくれる者がいればいいのだが、周りに忠言する人物は一人もいなかったようだ。「イエスマン」ばかり集めても、実は、正しい政治判断はできないことは明かだ。菅首相の政治スタイル自体が、自分に逆らう者は、排除する手法。器が大きい人物は、昔から「清濁併せ呑む」と言う。当に、菅首相は「器の小さい人物」。ああ、こんな「器の小さい奴」が、一国の首相に相応しいわけがない。

自分の能力が無いのを棚に上げて、「精一杯やっている」とキレるのも頂けない。いい迷惑なのは、そのような「能力のない者」が、日本の首相をやっているという「不幸」である。

「精一杯やっている」と言われても、同情しようがない。「精一杯やっている」とキレられても、何一つ共感できない。早く、辞めた方がいい。早く首相を辞めることが、日本のため、日本国民のためになる。

「国難」は新型コロナではなく、「ガースー首相」。

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