【令和3年4月28日木曜日昭和の日】池袋暴走事件の加害者について考えた。

池袋暴走事件の裁判が行われている。今回の裁判でも、「加害者はブレーキを踏んだ事に間違いない」と主張している。人は、加害者の主張に反省に色が無いと思うにちがいない。しかし、自分はブレーキとアクセルを踏み間違えました、と主張すれば、高齢であり、歩行に支障がある姿、映像を見れば、情状酌量が期待されるだろう。そして、自動車の「故障」であると、主張すれば、今後、同じ「悲劇」を生まない、技術的改善が行われるだろう。

ふと、思った。自らの「罪」を軽くためには、「ブレーキとアクセルを踏み間違えました」と主張した方が、刑は軽くなるだろう。しかし、自らの「罪」を重く受け止め、敢えて「重い償い」を受けることを決意して、「自分はブレーキを間違いなく踏みました」と、主張しているのではないか。これは、人の心の類推であり、こんな受け止め方をする者は、他にいないと思うが、突然、「はっ」と考えてしまった。

「ブレーキとアクセルを踏み間違えました」とは言わず、「自分はブレーキを間違いなく踏みました」と主張する以上、反省を酌量される余地はない。情状酌量は、期待出来ない、

思うのは、心証が悪い「自分はブレーキを間違いなく踏みました」と主張する心理である。人は、プライドだけで、自己に不利になる主張をするものだろうか。逆に、「自分はブレーキを間違いなく踏みました」と、心底、「無罪」を信じているとすれば、その「プライド」は信念である。その「プライド」は、並大抵の「信念」ではない。「プライド」のお化け。並大抵の「信念」ではないとなると、最高裁まで争われる長い裁判になるのだろう。「第1審」を受け入れるか、どうか、気になる。

想像したくはないが、長引く裁判で「天寿を全う」という結末では、亡くなった命は浮かばれない。


■八代英輝氏、池袋事故・飯塚幸三被告の無罪主張に怒り「まさに人間性の問題」
報知新聞社 2021/04/29 12:34 https://www.msn.com/ja-jp/news/national/%E5%85%AB%E4%BB%A3%E8%8B%B1%E8%BC%9D%E6%B0%8F-%E6%B1%A0%E8%A2%8B%E4%BA%8B%E6%95%85-%E9%A3%AF%E5%A1%9A%E5%B9%B8%E4%B8%89%E8%A2%AB%E5%91%8A%E3%81%AE%E7%84%A1%E7%BD%AA%E4%B8%BB%E5%BC%B5%E3%81%AB%E6%80%92%E3%82%8A-%E3%81%BE%E3%81%95%E3%81%AB%E4%BA%BA%E9%96%93%E6%80%A7%E3%81%AE%E5%95%8F%E9%A1%8C/ar-BB1gacpR?ocid=msedgntp

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