鴨長明は「随筆家」。

ネットで、方丈記を検索すると、必ず「三大随筆」の情報が記述されている。方丈記が「三大随筆」であることが常識化している。方丈記が、「三大随筆」かどうか、全く分かっていない人ほど、「三大随筆」を披露している。自分の頭で、全く考えていないことは明らか。もちろん、方丈記を最後まで読んでいないことも明らかである。ネットの情報、常識のいい加減さ。それを承知で、検索しているわけだが、「三大随筆」の氾濫、再生産にあきれるしかない。ネットの情報、常識が「真実」とは限らない。

①方丈記は「随筆」なのか。そして、②「三大随筆」は常識なのか。③方丈記の作者は、「鴨長明」なのか。ネットに頼らず、自分の頭で考えて見れば、「真実」ははっきりする。

さて、一番ひどい、ネットの情報、常識は、④鴨長明は「随筆家」である、というものである。いやはや、中世、鎌倉時代に、「随筆家」なる肩書き、身分・職業が存在しているはずがないのに、ネットの中では、堂々と「鴨長明 随筆家」と垂れ流す者が多い。さらに酷いものになると、「今、言うところのエッセイスト」という、飛躍、ぶっ飛んだ説明まで堂々と記述されているものもある。学校で、鴨長明は「隠者」「隠遁者」と習わなかったのか。とにかく、ビックリ、驚きである。最近の、国語の先生の質も落ちたようだ。

若い中世国文学者が、徒然草の記述を根拠に、すでに昭和の時代に否定された「平家物語の作者は、信濃前司行長だ」と、オンライン授業の中で堂々と講義していて、驚いたのもつい最近の話。令和の時代に、昭和の時代に否定されたものが復活してくるとは、「学問の真実」とは恐ろしいものだ。

再び、「鴨長明は随筆家」のネット情報、常識の話に戻る。国文学科、日本文学科の先生、国語の先生の質が落ちたと述べたが、実は、今、小中高の国語の教科書の中に、堂々と「鴨長明 随筆家」あるいは「鴨長明 エッセイスト」なる記述があるようだ。ネットの情報が酷い、酷い、とお話してきたが、今、学校で教えられている教科書そのものが、中世、鎌倉時代に「随筆家」も、「エッセイスト」なる職業も肩書きもなかったと思うが、日本の学校の教科書に記載、記述されている(ようである)。日本の学校の教科書自体が、誤った認識、情報、常識を再生産しているようなのである。

近年、教科書検定が話題になることがなくなってきたが、「鴨長明はエッセイスト」が再生産されている所を見れば、今の、教科書検定は随分いい加減なものだ。ネットで検索すると、今の、教科書調査官は、鶴見大学大学院出身の、中世文学専攻らしいが、「鴨長明 随筆家」をスルーさせてしまっているのだろうか。

ついでながら、学問、学説は「学問の自由」ではあるが、放送大学の、徒然草研究者である講師も、「方丈記」を「すまいの文学」と「近代以降の方丈記の受容」でご本もお出しになっている。「方丈記は随筆である」という常識も、「平成の30年」を過ぎて、令和の時代になっても「真実」なのかどうかもわからないまま、放置されて来ている。日本の教育水準も落ちたものだ。日本の学校に、教科書自体の質が落ちているのでは仕方がないか。


 リンク:国語の教科書の間違い          https://kiyosige.at.webry.info/201808/article_9.html
「方丈記」の作者は? https://kiyosige.at.webry.info/201102/article_15.html

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